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浦和地方裁判所 昭和51年(行ウ)9号 判決 1983年1月21日

原告

山川真一

右訴訟代理人

鶴見祐策

石川憲彦

被告

所沢税務署長

大島正男

被告

国税不服審判所長

林信一

右両名指定代理人

桜井登美雄

外八名

主文

原告の各被告に対する各請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一本件青色承認取消処分の取消の訴

一原告の請求原因1の事実(昭和四五年度分以後の青色承認を取消す旨の処分、異議、審査)は当事者間に争いがない。

二原告は、署員に対し所定の帳簿書類の提示を拒否した事実がないから、その事実の存在を前提とする本件青色承認取消処分は違法である旨主張する。

1  次の事実は当事者間に争いがない。

(一) 所沢税務署員山口国税調査官が昭和四八年八月一日原告宅にいたり原告に対し、原告の昭和四七年度分所得の調査に来たことを告げ、青色申告者が大蔵省令により備付け、記録、保存すべき帳簿書類の提示を求めたところ、原告は帳簿書類については、実弟山川貞治にすべて任せ貞治宅にあるので同人方に行き調査して欲しい旨答えた。そこで、山口係官は直ちに飯能市小瀬戸所在の原告経営の工場に赴き貞治に対し、原告との応待状況を告げて帳簿書類の提示を求めたところ、貞治は、準備ができていないとしてその提示をしなかつた。

(二) 前記署員山口及び同署員橋爪事務官は同年八月三日事前の通知をせずに原告方にいたり原告に対し、再度帳簿書類の提示を求めたが、原告が貞治宅で見せてもらうよう述べたので、山口らは、前記小瀬戸の工場へ赴き貞治に対し帳簿書類の提示を求めたが、貞治が、帳簿は自宅に置いてあり、八月一〇日には調査に応ずる旨述べた。

(三) 署員山口、橋爪のほか中島国税調査官が原告及び貞治と約束した同年八月一〇日原告に連絡した上貞治宅にいたり貞治に対し、所定の帳簿書類の提示を求めたが、調査の具体的理由の告知を求めて帳簿書類を提示しなかつた。

(四) 署員山口が同年九月七日事前の通知をせずに原告方にいたり原告に対し面接したが、原告は帳簿書類を提示しなかつた。

(五) 署員山口が同年九月八日事前の通知をせずに原告方にいたり原告に対し、所定の帳簿書類の提示を求めたが、原告がこれに応じなかつた。

(六) 署員山口、橋爪が同年九月一八日事前の通知をせずに原告方にいたり原告に対し、所定帳簿書類の提示を求め、原告と同道の上貞治宅にいたり貞治に対し、同様の趣旨を述べたが、貞治が帳簿書類を提示しなかつた。

2  前記1の争いのない事実以外の原告主張事実(請求原因3(一)の(1)ないし(6))に沿う<証拠>は署員に対し非協力的態度に終始しているのでにわかに信用し難く、他に前記原告主張を認めることのできる証拠はない。

かえつて、前記争いのない事実、<証拠>を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 原告の青色承認は同法一四七条により昭和四五年一二月三一日の経過とともにその承認があつたものとみなされたもので、被告所沢税務署長が原告の昭和四五ないし四七年度分所得の確定申告書を調査したところ、右各年度分の所得金額が原告の事業規模及び同業者の所得率に照らして低額であるとみられ、原告に対しては昭和四三年に事業の概況等について調査したが、昭和四一年以後所得金額の調査を行なつていなかつたので、その調査をすることとした。そこで、署員山口は昭和四八年八月一日貞治と面会した後再び原告方に戻り原告に対し、貞治から所定の帳簿書類を持参させた上原告方で調査に応ずるよう説得したが、原告は「貞治に任せているので難かしい。」旨述べこれを断つた。しかし、署員は重ねて原告に対し、次回の調査期日までに帳簿書類を原告方に持参し原告方で調査に応ずるよう求めた。また、同日小瀬戸工場の機械設備状態及び従業員数が申告どおりであるかを確認するため工場内への立入検査をしようとしたところ、原告の実弟で従業員の芳三から拒否された。

(二) 署員山口、橋爪が同年八月三日貞治方に行つた際貞治は民商会員数名を補助者と称して立会わせ、民商会員らからも調査理由を言えと言われた。

(三) 署員中島、山口、橋爪が同年八月一〇日貞治方に行つたところ、民商会員数名がテープレコーダーを用意して待機しており、山口係官が八月三日に臨場した際青色承認が取消される場合があると述べたことにつき、口々に抗議した。

署員らは貞治に対し、昭和四五ないし四七年度分の所定の帳簿書類を提示するよう求めたところ、貞治は、調査理由を具体的に告知しない限り、提示には応じない旨述べた。そこで、署員中島が、原告の所得については、数年間調査を行なつておらず、原告の右各年度分の確定申告の所得金額が正確であるかどうか確認する必要があるので、所得税法二三四条の質問検査権に基づいて行なうことを告知したが、貞治は調査理由をたとえば必要経費のどの部分が多いというような具体的な指摘がないかぎり応じないとの態度を固執して、その提示を拒絶した。そこで、署員らは、帳簿書類の種類、取引先について貞治に発問したところ、同人は金銭出納帳、経費帳、伝票、領収証等が各年度毎に備え付け、記録、保存してあり、取引先は四か所あると答え、居合わせた原告の補助者と称する民商会員の吉村勝春が、傍らに置かれた紙箱の中から帳簿とみられるものを一冊とり出し、表紙部分だけを示してこのとおり備え付けてあるから確認するようにと述べたので、署員中島がそれを受取ろうとして手を伸ばしたところ、これを手渡さず、箱にしまいこみその調査を制した。そのため、その帳簿が法規で定められた帳簿であるかどうか何ら確定する資料もなく、その後も一切帳簿書類を提示せず、調査の具体的理由の告知を迫り、原告側と署員らとの押問答が続いたため、署員らは、午前一〇時三〇分ころから午後二時三〇分ころまで約四時間にわたる調査準備を打切つて帰つた。

(四) 署員山口が同年九月七日原告方にいたり原告に対し前同様述べたが、原告は言を左右にして協力する態度を示さなかつた。

(五) 署員山口が同年九月八日午前九時過ぎころ貞治から電話で次回期日の打合せを受けたが、その際貞治が「申告書や帳簿書類のどこが間違つているか、たとえば、収入とか経費とかを特定しない限り帳簿書類の提示には応じない。」旨述べ、依然不提示の態度を変えなかつた。

(六) 署員山口が同年九月一八日原告宅に行き、原告と共にさらに貞治宅に赴いたが、貞治は帳簿の提示に応じなかつた。そこで、署員は帳簿書類を提示の上調査に応じないと青色承認が取消されることがある旨重ねて注意した。しかし、立会つた民商会員数名が、今度は調査理由をはつきり言えるか、反面調査しただろう等と口々に述べ、原告は口では貞治に対し帳簿書類を提示するように慫慂しながら、実際には、貞治がこれに応じないのを見ても、同人を積極的に説得しまたは帳簿書類を自ら提示しようとしなかつたので、結局、その日も調査がなされず、調査不能となつた。

以上のとおり認められる。

3  右1の争いのない事実、2の認定事実によると、署員が申告の所得額が同業者に比較し低いので所得税法二三四条の質問検査として原告に対し所定の帳簿書類を提示し調査に応ずるよう述べたところ、帳簿書類を提示せず、その調査を拒否したものである。したがつて、この点の原告主張は失当である。

三原告は、原告が調査に応じなかつたことは所得税法一五〇条一項一号の取消事由に該らない旨主張する。

税務職員が、青色申告を承認した納税者の申告にかかる所得額が同業者と比較し低きに過ぎるため所得額調査をしようとして、所得税法二三四条の質問検査権に基づき青色申告者に対し、同法一四八条一項の大蔵省令で定めるところにより備付け、記録、保存を義務づけられた帳簿書類の提示を求めたところ、右申告者が、帳簿書類のどの事項について調査するのかなどを明らかにしその具体的な調査理由を告知しないかぎりその提示に応じられない旨述べて調査を拒否した場合、その調査拒否の事実から、青色承認取消事由としての同法一五〇条一項一号の帳簿書類の備付け、記録、保存が大蔵省令の定めるところに従つて行なわれていないとの事実を推認し、青色承認を取消すことができるものと解するのが相当である。その理由は次のとおりである。

1 青色申告制度は、納税者が自己の計算した税額を納付するという民主的な租税制度で、納税者がその計算の根拠となるべき帳簿書類を備付け、記録、保存することにより、申告納税の公正を確保し、白色申告者に対する賦課方法との公平を図り、申告を容易ならせてその協力を促進している。このように、帳簿書類の備付け、記録、保存がその制度を支える根幹となつており、納税者がその義務を負うことは同法一四八条の定めるところであつて、この義務には、課税庁の税務職員が必要に応じ同法二三四条の質問検査をする際に申告者が所定の帳簿書類を提示してその調査に応ずる義務をも包含しているものと解される。税務職員が帳簿書類の提示を求めることは、納税者の申告が正当であるかどうか所定の帳簿書類に基づいて検討し調査することであり、抽象的に同業者の所得に比較して申告所得額が低い旨を述べればその調査の必要性の理由告知としては十分であり、それ以上具体的に帳簿中のどの事項とか、所得額計算の基礎となる売上高、経費などの項目の特定、その数額などを調査理由として告知する必要がないことは、前記のような帳簿書類の性質からみて明らかである。

2(一) この青色申告が所得税(及び法人税)課税の原則的な制度であり(実際の事業所得者への普及率は、個人約五〇パーセント、法人約八〇パーセントであるという。)、納税者が大蔵省令で定めるところに従い帳簿書類の備付け、記録、保存をし、真実に従い記録している場合原則として青色承認が許可され、明示的な許可がなくても、却下処分のないかぎり青色承認があつたものとみなされる(同法一四七条)。本件の原告もまた、このようなみなし青色承認である。したがつて、租税制度上この青色申告をできるかぎり維持しようとするのが所得税法の基本的な立場であると解され、青色申告制度の目的からみてそれを阻害するような違反行為に対する制裁措置として、同法一五〇条一項各号の青色承認取消事由が規定されたものであり、その制裁内容として、青色申告の場合の諸規定、たとえば、更正は帳簿書類を調査の上所得金額の計算に誤りがある場合にのみすることができ(同法一五五条一項)、その更正理由を附記しなければならないこと(同法同条二項)、各引当金(同法五二ないし五五条の二)、事業専従者控除(同法五七条)、純損失の繰越控除(同法七〇条)、租税特別措置法上の減価償却(一一ないし一三条の二、一五ないし一六条の二、一八条)、準備金(一九ないし二〇条の四)その他多くの特別措置規定などの適用を、排除している。換言すれば、青色申告者に特典(恩恵的権利)を認めたものではなく、その違反者に制裁として不利な計算規定を適用することとしたものである。

(二) したがつて、同法一五〇条一項一号が所定の帳簿書類の備付け、記録、保存がないことを青色承認取消事由とした法意は、その事実が青色申告を維持できない結果をもたらすので、その制裁措置として取消すこととしたものとみるべきであり、備付け、記録、保存が真実存在しないとの事実が認定できない場合でも、それが真偽不明の結果青色申告を維持できない場合もまたその事由に包含されるものと解しなければ、その法意に沿わないことになる。ところで、青色申告者が税務職員の質問検査に応じて帳簿書類を提示して調査に応ずる義務があること前記1のとおりであり、それを提示して調査に応じなかつたため、帳簿書類の備付け、記録、保存がされているかどうか真偽不明となつた場合その調査拒否という義務違反事実から、その制裁として、同法一五〇条一項一号の所定帳簿書類の備付け、記録、保存がされていないとの事実を推認することができるものというべきである。

(三) 右のような制裁としての事実の推認は、処分時にそれが存在すれば足り、真実の事実の推認ではなく、その事実の擬制にすぎない。このことは、国税通則法九七条四項からも類推される。したがつて、納税者が青色承認取消処分に対する異議手続で始めて帳簿書類を提示し調査に応じたとしても、少くともその調査対象年度分の青色承認取消処分の効力には何らの影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。

(四) 前記の制裁の必要性は次の点からもいえる。青色申告者が帳簿書類を提示せず調査を拒否し前記義務に違反し青色申告制度を根底から覆えす行為をしながら、他方において、青色申告により自己の計算した税額のみを納税する利益をえようとするのは、信義誠実の原則に反するものといわなければならない。

3 本件青色承認取消事由としての同法一五〇条一項一号の事実は調査拒否事実から推認した事実であり、そのような推認も適法であること前記のとおりであるから、そのことは何ら立法的解釈でもなければ租税法律主義に反するものでもない。

4 本件青色承認取消事由の推認方法は前記のとおりであつて何ら経験則に反するものではない。

5  以上のとおりであるから、この点の前記原告主張は失当である。

四原告は、本件青色承認取消処分が、通知書に、原告の調査拒否事実のみ記載し、それが所得税法一五〇条一項一号の備付け、記録、保存のいずれにあたるかの理由記載を欠く点で違法であるという。

本件青色承認取消の通知書には、「昭和四五年分以降三年間の所得税の調査に関し、必要があつたので、昭和四八年八月一日、同月三日、同月一〇日、九月七日及び同月一八日の五回にわたり当税務署の山口国税調査官があなたの自宅とあなたの申し出による使用人宅において、あなたに事業に関する帳簿書類の提示を求めたところ、その提示がありませんでしたが、このことは、青色申告にかかる帳簿書類の備付け、記録又は保存が所得税法一四八条に定めるところに従つて行なわれていないことになります。したがつて、所得税法一五〇条一項一号に該当しますので、青色申告の承認を取消します。」と記載されていたことは当事者間に争いがない。この事実によると、本件青色承認取消理由の要旨は、原告の調査拒否の事実から所得税法一五〇条一項一号の帳簿書類の備付け、記録、保存のすべてがないと認定したというのであり、そのような認定が相当とみられること前記三説示のとおりであるから、右理由附記には何ら違法がない。この点の原告主張は失当である。

五原告は、本件青色承認取消処分に対する異議申立手続で、帳簿書類を提示し、調査に応じたから青色承認取消理由が消滅した旨主張する。

しかし、青色承認取消に対する異議手続で納税者が帳簿書類を提示し調査に応じても処分の効力に影響がないこと前記三(三)のとおりであるから、原告の前記主張は失当である。

六以上のとおりであるから、原告の被告所沢税務署長に対する本件青色承認取消処分の取消を求める請求は失当として棄却を免れない。<以下、省略>

(髙木積夫 小林敬子 坂部利夫)

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